茶の気との出会い
目の前に広がるもったりとした霧。少し遠くのものは霞んで見えず、まるで雲の中にいるよう。
素肌にまとわりつくひんやりとした空気。時折感じる草と土の匂い。遠くから聞こえる鶏の鳴き声。
しばらく佇んでいると、自分がこの山の一部になったような気分になってくる。
そこで、淹れてもらった温かい緑茶を一杯。
ふくよかでいて躍動感のある液体が、身体を巡る。その新鮮な香りは鼻腔から抜け、肺を巡り、四肢の隅々にまで行き渡っているようだ。身体がお茶で満たされる。
そして、ほろ苦さが響く。身体は強く脈を打ち、脳は発光する。
心身が軽くなり、長時間移動の疲れがすっ飛んだようだ。
そのままお茶を啜っていると、やがて、静寂がやってきた。
この後どこで何をしようか。何と言ってここを切り上げようか。というような脳内のノイズが、ない。
山の一部である私は、その感覚に没頭する。お茶との対話に専念する。
ふと、沸々と腹から気持ちよさが湧いてくる。そして、全身が「楽しい」という感覚で満たされる。
「素晴らしいお茶だ!感動した!」
これが、私がお茶に感動した初めての経験でした。ベトナム北部のとある山岳地にて。
以来、お茶の虜になった私は各地の茶産地を訪ね歩くようになり、自ら茶作りをするようにまでなりました。
かつての感動をもう一度味わいたいという気持ちと、それを誰かと分かち合いたいという気持ちの、両方があるからだと思います。
ある種の感動体験は、それまでの自分を生まれ変わらせる力をもっています。
あのとき、そしてその後、私は確かに生まれ変わりました。内向きで他人任せ、成り行き次第で生きてきた私が、自らよりよいお茶を探し求め、作るまでになったのですから。
あの日に身体を巡ったものを、いまは「茶の気」と呼んでいます。