茶功アカデミー

Journal

茶記

お茶をめぐる日々の気づきと、書き留めておきたい考えを置いていきます。

  1. お茶する 「お茶する」の「お茶」は、名詞ではない。電気の直線で結ばれた都市の流れの中で、動詞のお茶だけが待つ時間を作っている。梅棹忠夫の外胚葉の時代と、身体と脳の往復から。
  2. 茶葉の「衣」 茶葉も呼吸する。真空と冷蔵で変化を止めるか、和紙や無釉の陶器で変化を育てるか。茶葉と環境の境に何を置くかは、季節の衣替えに似ている。膜か、壁か。
  3. あの一杯を取り戻す 同じ茶葉、同じ水、同じ淹れ方。それなのに、あの時の一杯が戻ってこない。変わったのはお茶ではなく、こちら側かもしれません。朝の光、歩くリズム、そして情報のノイズ。
  4. 「緑茶」というラベル ルアンパバーンの茶屋で頼んだ緑茶は、明らかに発酵の香りがした。棚に並ぶ古樹茶のラベルは、どれも「緑茶」。名前と味のずれをたどると、風土と文明という二つの軸が見えてくる。
  5. 目覚めの一杯 タイ北部チェンマイ。托鉢の僧と赤土の遺構を横目に朝の散歩から戻り、昨日買った緑茶を淹れる。何も入っていない身体に、森の味が素直に巡る。
  6. 開かれた窓とコンテキスト 生成AIの価値を決める軸のひとつがコンテキストの量なら、お茶で窓が開いた人間の状態も同じ軸で測れる。似ているのは仕組みで、違うのは一次情報を自分で取れるかどうか。
  7. 窓を開く「カギ」 肉は三日なくても耐えられるが、茶は一日も欠かせない。古いことわざが言っているのは、お茶は無いと困るということ。お茶で感覚がひらくのを、私は「窓が開く」と呼んでいます。
  8. 旅行中のお茶セット 東南アジアへの買い付けで持ち歩いているお茶の道具。水、器、土台、茶葉の四つを、どこまで削れるか。足りなければ現地で買い足すか、諦める。
  9. 茶の気との出会い ベトナム北部の山あい、霧のなかで差し出された一杯の緑茶。身体が満たされ、思考のノイズが消えた。お茶の世界に入るきっかけになった日のこと。