開かれた窓とコンテキスト
前回、窓を開く「カギ」についてお話ししたので、続きでコンテキストという言葉の話をしたいと思います。
コンテキスト、一般的に「文脈」ということですね。このコンテキストという概念は、近年台頭してきた生成AIの領域でも重要です。現在、世の中にはいろんな生成AIがしのぎを削っていますが、その価値を決める軸のひとつが、どれだけ多くの情報やデータを参照できるか、です。
情報・データの多寡を見極める上で分かりやすい枠組みは、空間軸と時間軸です。
ここでの空間軸とは、どれだけ幅広く世の中の情報やデータを参照するかということ。そして時間軸とは、どれだけ深くこれまでの世の中の情報やデータを参照するかということ。
生成AIでいえば、前者がコンテキスト、後者がパラメータにあたるでしょう。コンテキストは、いま手元に置いた情報をどれだけ一度に読めるか。パラメータは、学んできたものをどれだけ抱えていられるか。この記事では、その両方をまとめて「コンテキスト」と呼んでいます。
話を少しお茶のことに戻しましょう。
前回お話しした、お茶によって自分が世界に開かれた状態というのは、この空間軸と時間軸における情報・データが、どちらも可能な限り最大化した状態といえます。
空間軸で言うと、自分の内受容感覚、身の回りの環境情報、まだ認知されていない末梢神経が感じ取っている極めて「生」な環境データ。
時間軸で言うと、自分のこれまでのこと。意識しているものも、していないものも含めて。
これに対して、生成AIのケースを考えてみましょう。
前提として、生成AIは人間が意識して構築したもので、窓は基本的には固定的です。また情報やデータの入力は、人間の支えに依存します。換言すると、生成AIは本質的に、一次情報を自ら得ることができません。そのため、どうしても、人間が本調子でいるときの窓の大きさ、深さには及ばないと考えることができます。
何とか人間に匹敵するよう、この窓を拡張し続けるための絶え間ないリソース投資と運用の努力を、現在、生成AI企業が繰り広げているのです。
ただし補足をすると、生成AIが何でもかんでも人間に劣っているということではありません。生成AIの真価は、意図されたものの再現性です。つまり、「生産」や「構築」、「計画」や「管理運用」といった目的思考の他動詞的な行為を確実に進める上で、とても役に立つのです。
逆に、「流れる」や「巡る」、「生きる」といった自動詞の概念は、生成AIに当てはまりません。
「生きる」ことは、壮大なドラマです。膨大なコンテキストを背景とします。このコンテキストを狭めるのではなく、どんどん広げていったら、きっと人生は楽しい。
このため、私たちは、日々お茶を飲み続けるのです。